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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和61年(ワ)40号 判決

原告

大正海上火災保険株式会社

被告

植村洋二

ほか一名

主文

一  訴外蔵本照美、同若林安雄は被告らに対し、別紙記載の交通事故により被告らの身体を害したことに基づく損害賠償債務を負担していないことを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文一項と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  別紙記載の交通事故が発生した(以下、「本件事故」という。)。

2  本件交通事故につき、蔵本照美は加害車の保有者として自賠法三条の、若林安雄は加害車の運転者として民法七〇九条の責任がある。

3  確認の利益

原告は蔵本照美との間で加害車につき自家用自動車保険契約を締結しており、若林安雄もその被保険者である。

そして、本件事故により右蔵本、若林が被告らに対し、身体を害したことに基づく損害賠償義務を負担するときは右保険約款により右蔵本らに対し同額の保険金支払義務を負担する。

4  被告らに対し、昭和六一年中に、各五〇万円ずつを支払済である。

二  争点

被告らの傷害の有無とその損害額が争点である。この点に関する被告らの主張は次のとおりである。

1  被告山口

(一) 傷害の程度

(1) 病名 頸部捻挫、頸性頭痛

(2) 治療経過

昭和六一年九月三〇日から同年一二月一八日まで八〇日間中瀬古整形外科医院に通院(内実治療四四日)

同年一二月一八日刑事事件にて身柄拘束により治療中止

(二) 損害額

(1) 治療費 二〇万三〇二〇円

(2) 休業損害 一〇一万八四二〇円

四一歳男子の平均給与月額三九万一七〇〇円の二カ月と一八日分

(3) 慰謝料 一〇〇万円

合計 二二二万一四四〇円

2  被告植村

(一) 傷害の程度

(1) 頸部捻挫

(2) 治療経過

中瀬古整形外科医院に次のとおり入通院

昭和六一年九月三〇日

通院一日

同年一〇月一から同年一一月二一日まで

入院五二日

同月二二日から昭和六二年四月一〇日まで

通院一〇九日間(実治療一八日)

(二) 損害

(1) 治療費 九七万三五四〇円

(2) 休業損害 二五七万八五〇〇円

四八歳男子の平均給与月額四〇万五〇〇〇円の六カ月と一一日分

(3) 慰謝料 一五〇万円

合計 五〇五万二〇四〇円

第三争点に対する判断

一  被告らの診断名及びその治療経過は争点1、2の各(一)のとおりである。(乙第一ないし第二二、被告ら各本人)

二  しかし、他方次の事情も存在する。

1  本件事故は、車の流れに従い被害車の後に加害車が追従し、ともに時速約三五キロメートルの速度で進行していたところ、被害車が前方の渋滞のため減速しているのを、加害車が被害車の後方約四メートルの地点で始めて気がつき、急制動したが間に合わず、加害車が被害車に追突した。その際の被害車の時速は約二〇キロメートル、加害車の時速は約三五キロメートルであつた。衝突後加害車、被害車とも約一一・六メートル進行して停止した。本件事故により、被害車は後部バンパーに修理見積額約五万円の凹損、加害車は前部バンパーに修理見積額約一万円の凹損が生じたが、その他の損傷は存在しなかつた。加害車はその後修理をせずに使用されている。(甲第一二ないし第二四、第二六、弁論の全趣旨)

右認定のとおりであり、加害車及び被害車の速度差は時速約一五キロメートルにすぎず、しかも、衝突後約一一・六キロメートル進行して双方の車両が停止しており、衝突によるエネルギーの消耗は、衝突時にすべて発生したわけではないこと、右認定の双方の車両の損傷の程度等に照らせば、本件事故により被告らに与えた衝撃はさ程強いものではなかつたということができる。

2  なお、一般に、衝撃の程度がさ程でなかつたとしても、加齢的な身体の老化状況等、身体の特殊状況等が付加わつて、いわゆるむち打ち症が発生し、その治療期間が長引く場合が、希に存在することがあるといえる。しかし、本件では、当初被告らは一週間の通院治療を要する旨の診断であつた(甲第二五)のが、被告両名とも治療期間が長引く等、希なことが二重に起こつており、この点疑問を拭えない。

3  医師は、レントゲン写真で、被告両名とも、首の骨の前向きの湾曲の喪失が認められたとする(もつとも、被告山口については、前湾自体残つており、また、本件事故前に前湾状態がどのようであつたかを認める証拠はないし、また、医師は、前湾の喪失が認められるとしながら、治療期間中、被告山口については一回しか、被告植村は二回しかレントゲン写真を撮影していない)こと以外は、主として被告らの主訴に基づいて、診断治療を行つている。被告植村の入院の判断についても同様であり、右以外の客観的な検査はしていない。そして、その治療内容は、被告山口については、昭和六一年一〇月二一日まで、被告植村については、同年一一月三日まで、消炎剤の投与を行つていたが、その後は、その投与を中止して、主として、ビタミン剤と消化剤を投与している。

(甲第二五)

さらに、被告植村については、退院後、昭和六二年一二月中の実通院日数は六日、昭和六二年一月中のそれは五日、同年二月中のそれは五日にしかすぎない。(乙第一二ないし第一四)

4  被告らは、原告に対し、高額の示談金の請求をしたことがある。(甲第二三、弁論の全趣旨)

三  前記二記載の事情(本件事故の衝撃自体さ程でないこと、それにしては被告らの治療期間は長引いていること、しかも被告両名とも長引いていること、右3の治療経過即ちレントゲン所見のほかは主として被告両名の主訴に基づき診察治療が行われていること、消炎剤の投与が中止された時期、被告らの高額の示談請求等)を総合考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある治療期間、治療方法は被告両名ともぜいぜい昭和六一年一〇月末ころまでの一カ月間の通院治療であり、被告植村についての入院治療、被告両名の一カ月以上の治療については、本件事故との相当因果関係を認めるのにはなお躊躇するところであり、本件においては、右躊躇を払拭するに足る証拠はない。

四  そこで、損害額につき検討する。

1  被告山口

(一) 治療費 一一万八〇四〇円(乙第五・六)

(二) 逸失利益 一一万七五一〇円

自賠責保険損害査定要綱(昭和六一年八月一日実施)別表Ⅳの四一歳男子の平均給与月額三九万一七〇〇円の三〇パーセント(前記に述べたこと等から治療期間中の労働能力喪失率を四〇パーセントと認める)

(三)慰謝料 二〇万円

合計 四三万五五五〇円

2  被告植村

(一) 治療費 一一万八〇四〇円

入院治療は相当因果関係を認めることができないので、被告山口の治療費と同額を認める。

(二) 逸失利益 一二万一五〇〇円

自賠責保険損害査定要綱(昭和六一年八月一日実施)別表Ⅳの四八歳男子の平均給与月額四〇万五〇〇〇円の三〇パーセント(前記に述べたこと等から治療期間中の労働能力喪失率を三〇パーセントと認める)

(三) 慰謝料 二〇万円

合計 四三万九五四〇円

3  以上のとおりであるから、被告らの損害賠償債権は昭和六一年末までに各五〇万円の支払を受けていることで、その遅延損害金債権も含め弁済により消滅している。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 東畑良雄)

(別紙)

日時 昭和六一年九月二九日午後七時二五分ころ

場所 三重県南牟婁郡紀宝町成川六二五―一先

加害車 普通乗用自動車

若林安雄 運転

被害車 普通乗用自動車

被告山口 運転

被告植村 同乗

態様 加害車が被害車に追突

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